12 塩害と劣化 ― 潮風が運ぶ静かな破壊者
概要
塩害は、海塩粒子が風で運ばれ電気設備や構造物の表面に付着し、湿気を吸って導電性膜を形成する現象。沿面抵抗低下や沿面放電、腐食、トラッキングを引き起こし、絶縁性能を劣化させる。劣化要因は熱、紫外線、振動、粉塵などとも連鎖し進行が加速する。対策は耐塩材料の選定、撥水コーティング、長傘形絶縁子、構造工夫、定期洗浄・点検など。
本文
海辺の街にある変電所。
秋の終わり、保守員の川村さんは絶縁子の表面がいつもよりざらついているのに気づきました。
手袋越しにも感じる塩っぽさ。
ここ数週間、海からの風が強く、設備に直接当たっていました。
目立った異常はまだありません――しかし、これは塩害の前触れです。
塩害とは
塩害は、海塩粒子が風に乗って運ばれ、電気設備や構造物の表面に付着することで起こる損傷や劣化です。
台風や冬の季節風で一度に大量に付着することもあります。
電気的被害
海塩は湿気を吸いやすく、表面に導電性の膜を形成します。
これにより、
- 沿面抵抗の低下:絶縁子やケーブル外装でリーク電流が発生
- 沿面放電・フラッシオーバ:湿潤状態で電圧が加わり、表面を這うように放電
- トラッキング現象:炭化導電路が形成され、局所発火
- 腐食の加速:金属部品の錆やステンレスの孔食
川村さんの変電所でも、雨の日に小さな沿面放電が起きていたことが後に判明しました。
劣化の連鎖
塩害は他の要因と結びつくと急速に進みます。
- 熱:発熱部では塩分が濃縮
- 紫外線:被覆や塗装を劣化させ、付着しやすい表面を作る
- 振動や風揺れ:コーティングや被覆に微細なクラックを発生
- 粉塵:塩と混じり合って導電性を高める
対策
- 材質選定:耐塩性の高い金属(SUS316Lなど)、防錆処理材を使用
- 表面保護:撥水コーティングやシリコーン被膜
- 形状工夫:長傘形絶縁子で雨水と汚れを流しやすくする
- 構造設計:ドリップループで水走り防止、風の直撃を避ける配置
- 定期清掃と測定:高圧洗浄で塩分除去、絶縁抵抗測定の頻度アップ
現場の教訓
ある港湾地域の工場では、塩害対策を怠ったために導入5年で高圧ケーブルが絶縁破壊。
外装シースに微細なクラックが入り、そこから塩分と水分が浸入して内部を腐食させていました。
それ以降、年2回の洗浄と、季節風前後での追加点検がルール化されました。
塩害や環境劣化は、静かに、しかし確実に進行します。
放置すれば、ある日突然、地絡や火災となって牙をむきます。
潮の香りが漂う場所では、すでに電気設備への影響が始まっている――それが沿岸で働く技術者の共通認識です。