1 科学的方法 ― 知を積み上げる道筋
1.1 科学的方法の全体像
科学が「観察や実験による知見を基に、理論を組み立てていく営み」であることは序章でも述べた。本章では、その営みを実際にどのように進めるのか、すなわち科学的方法と呼ばれるプロセスを詳しく見ていく。科学的方法とは、観察によって現象を捉え、そこから問題を明確に定義し、仮説を構築して検証し、得られた結果を理論や法則へと体系化する一連の手順である。
この流れは一度きりの直線ではなく、結果を受けて仮説を修正し、再び検証するという反復的なサイクルを描く。科学の三大特徴――再現性・客観性・検証可能性――は、このサイクルの各段階に組み込まれており、知識の信頼性を高める役割を果たす。
1.2 演繹法と帰納法 ― 推論の二つの柱
科学的方法の基盤には、演繹法と帰納法という二つの推論の型がある。
**演繹法(Deductive Method)**は、あらかじめ与えられた一般的な原理や法則を前提とし、そこから論理的に個別の結論を導き出す方法である。数学の証明などが典型例で、前提が正しければ必ず正しい結論に到達できる。例えば、「すべての哺乳類は肺呼吸をする」「犬は哺乳類である」から「犬は肺呼吸をする」と結論づける三段論法がある。長所は論理の確実性の高さだが、前提自体の妥当性は別途検証が必要であり、新しい知識を生み出す力は限定的である。
**帰納法(Inductive Method)**は、個々の観察や実験結果から共通点を抽出し、それを一般的な法則や理論へと一般化する方法である。例えば「観察した白鳥はすべて白かった」ことから「白鳥はすべて白いらしい」と結論づける。ただし一羽でも黒い白鳥が見つかれば仮説は崩れるため、完全な確実性は保証されない。それでも科学の多くの発展は、この不完全さを含む帰納的仮説を積み重ね、反例とのせめぎ合いの中で洗練していく過程から生まれてきた。
1.3 仮説の発見と検証プロセス
科学が知識を得て発展していく道筋は、仮説の発見と検証というサイクルに集約できる。
第一歩は問題の発見である。日常の中の「なぜ?」という素朴な疑問から大発見が始まることも多い。ニュートンはリンゴの落下を見て引力の研究に着手したし、植物が光に向かって曲がる現象も研究対象になり得る。
次に、観察を踏まえて仮説の提案を行う。「こういう仕組みではないか」という仮の答えを設定し、必ず検証可能な形にしておくことが重要である。例えば「地球が物体を引き寄せている」「植物の細胞が光のある方向で成長速度を変えている」といった仮説がそれにあたる。
仮説が立てば、それが正しいと仮定した場合にどのような結果が得られるかという予測を明確にする。「質量の異なる物体を同じ高さから落とせば同時に着地する」「光の向きを変えれば植物の曲がり方も変化する」などだ。この予測は検証可能でなければならない。
続いて、予測に基づいて検証と評価を行う。結果が予測通りなら仮説は支持され、異なれば修正や破棄が必要となる。支持され続けた仮説は、やがて多くの検証や他分野との整合を経て理論化・法則化される。ニュートンの万有引力の法則のように、長期にわたり矛盾なく多くの現象を説明できれば、科学の基盤として確立される。
1.4 セレンディピティ ― 偶然が拓く道
科学的発見は計画通りに進むとは限らない。ときには偶然の出来事が大きな発見をもたらす。この「意図せぬ幸運な発見」をセレンディピティという。
ペニシリンの発見は、フレミングが培養皿に生えたカビが細菌を殺していることに気づいたことから始まった。導電性ポリマーの発見も、実験中の配合ミスが新素材開発の道を開いた。これらは偶然を偶然のままにせず、「おかしい」「面白い」と感じて掘り下げた結果である。偶然を捉え、体系的な知識に昇華する姿勢は、科学者に不可欠な資質である。
1.5 歴史的実験の具体例
ガリレオ・ガリレイは、重い物体ほど速く落ちるという通説を疑い、ピサの斜塔から異なる質量の球を同時に落とす実験を行った。結果はほぼ同時に着地し、重力加速度が質量によらないことを示した。この成果はニュートン力学の基礎となる。
19世紀の化学者メンデレーエフは、元素を性質と原子量で並べると周期的なパターンが現れることを見いだし、未発見元素の存在を予測した。後にそれらの元素が実際に発見され、周期表は化学の必須ツールとなった。
1.6 科学的探究の一般的プロセス
これまでの内容を統合すると、科学的方法は次のような段階を経る。
まず観察によって現象や問題を見つける。次に仮説の構築で現象を説明する仮の答えを立てる。実験設計によって検証の方法を具体化し、データ収集と分析で客観的に評価する。結論の導出で仮説が支持されれば理論化へ、反例が出れば修正または破棄する。そして公開と再現を通じて第三者の検証を受け、知識の信頼性を高める。
重要なのは、この流れが直線ではなく、結果に応じて前段階に戻る反復的サイクルであるという点だ。
1.7 科学的方法の現代的展開と課題
近年、科学は再現性危機と呼ばれる問題に直面している。過去の研究結果が再現できない事例が増え、統計的手法やデータ公開のあり方が議論されている。また、AIやビッグデータ解析の普及により、人間が仮説を立てる前にパターンが抽出される研究スタイルも現れている。こうした変化は、科学的方法を柔軟に再定義し、新しい検証の形を模索することを求めている。
第1章 まとめ
本章では、科学的方法の基本的な流れと、その中核をなす演繹法・帰納法、仮説検証のプロセス、偶然の発見の価値、歴史的事例を通して、その実践的な姿を描いた。科学的方法を理解することは、研究者に限らず、日常生活や社会的判断においても「根拠を持って考える力」を養う。次章では、この方法論をもとに、因果関係の見極め方と誤解を避ける統計的思考法を学んでいく。