0 科学とは何か
0.1 科学の定義と目的
科学とは、私たちが世界を理解し、説明し、予測するために築き上げてきた知の体系である。
それは単なる知識の寄せ集めではなく、観察や実験によって得られた事実を整理し、仮説や理論へと組み上げる論理的な営みである。科学の語源はラテン語の scientia(知識)に遡るが、その本質は「事実に基づく体系的な説明」にある。
科学の目的は二つに大別できる。第一に、自然や社会で起こる現象の原因や仕組みを明らかにし、確実性の高い説明を与えること。第二に、その知見を応用して技術や制度を改善し、人間社会や地球環境の未来をより良くすることである。重要なのは、科学が「なぜそうなるのか」「どのようにそうなるのか」という問いに対して、感覚や直感だけでなく、再現性・客観性・検証可能性を備えた形で答えを導こうとする点である。
0.2 科学の歴史的背景
科学の営みは、人類が言葉を持ち、世界を説明しようとした瞬間から始まったといえる。
古代の人々は、雷鳴や日食、季節の移ろいといった自然現象を神話や伝承で語り継いだ。やがて、人間は神話的説明から一歩進み、理性を用いて世界を理解しようと試みるようになる。
古代ギリシャの自然哲学者タレスは「万物の根源は水である」と唱え、アナクシマンドロスは「無限定なもの(アペイロン)」が世界の源であるとした。これらの主張は現代科学の意味での実験に基づくものではなかったが、「自然現象を自然の原因によって説明する」という態度は、後の科学の出発点となった。
中世ヨーロッパでは、キリスト教神学とアリストテレス哲学が融合したスコラ学が学問の中心となった。一方、イスラム世界では翻訳運動を通じてギリシャの知識が保存・発展し、天文学・数学・医学が大きく進歩した。これらの知識は後にヨーロッパへ再導入され、ルネサンス期の知的復興を支える基盤となった。
15〜17世紀の科学革命期には、観察と実験を重視する近代科学の方法論が確立される。フランシス・ベーコンは帰納法の重要性を説き、ガリレオ・ガリレイは望遠鏡観測と実験で天動説を覆し、アイザック・ニュートンは運動の三法則と万有引力の法則を打ち立てた。この時期に確立された方法論は、現代に至るまで科学の基盤として受け継がれている。
0.3 科学の三大特徴
科学を科学たらしめているのは、再現性・客観性・検証可能性という三つの性質である。
まず、再現性とは、ある実験や観察が誰によって、どこで行われても、同じ条件下であれば同じ結果が得られるという性質である。再現性がなければ、それは偶然か、あるいは手法や解釈に誤りがある可能性が高い。
次に、客観性とは、研究者の主観や先入観を排し、事実とデータに基づいて結論を導く姿勢を指す。これは、観測条件の明示や統計的手法の活用、第三者による検証などを通じて担保される。
最後に、検証可能性とは、仮説や理論が観察や実験によって正しいかどうか確かめられるという性質である。カール・ポパーは「反証可能性」を科学の条件とし、誤りを証明できない理論は科学とは呼べないとした。これら三つの特徴は互いに補完しあい、科学の信頼性を支えている。
0.4 科学と社会の相互作用
科学は社会から独立して存在するわけではない。むしろ、科学は社会の中で生まれ、社会を変え、また社会から影響を受ける存在である。
電磁気学の発展は電力や通信を可能にし、医学の進歩は感染症の克服や平均寿命の延伸をもたらした。一方で、科学は軍事技術や環境破壊にも利用されうる。原子力技術は発電に利用されると同時に核兵器の開発にもつながった。
現代社会では、政策立案において科学的知見が不可欠となっている。気候変動対策、感染症対策、都市計画など、多くの分野で科学的データと分析が意思決定の根拠となる。しかし、科学の成果をどう使うかは最終的に人間社会の価値判断に委ねられるため、科学者と市民の間での対話と倫理的合意形成が不可欠である。
0.5 科学の限界と未知の領域
科学は強力な道具だが、万能ではない。価値観や倫理、宗教的信仰など、観察や実験では答えが出せない領域が存在する。
「何を善とするか」「どのような社会が望ましいか」といった問いは、科学だけでは解決できず、哲学や倫理学、文化的対話が必要となる。
また、科学には常に未知の領域が残る。ニュートン力学が確立された時代には、物理学はほぼ完成したと思われていたが、やがて相対性理論や量子力学が登場し、既存の枠組みを大きく更新した。未来においても、新たな観測技術や理論が登場するたび、私たちの理解は刷新され、同時に新たな未知が姿を現すだろう。
0.6 本書の構成と学び方
本書は、この第0章で科学の全体像を俯瞰した後、第1章以降でその方法論と応用を段階的に学んでいく構成となっている。読者はまず、科学が何を目的とし、どのような特徴と歴史を持ち、どのように社会と関わってきたかを理解することが求められる。そのうえで、科学的方法を学び、因果関係の見極め方やデータの扱い方、科学と倫理の関係など、現代社会で科学を活用するための知識と技能を身につけていく。
科学は単なる知識ではなく、世界を理解し、行動するための思考の道具である。本書を通じて、その道具を正しく使いこなし、自らの判断や社会の意思決定に活かせる力を培ってほしい。